高石ともや

【高石ともや+ザ・ナターシャー・セブン】の歌をyoutubeで検索
高石ともやは、昭和41年(1966)に「かごの鳥ブルース/恋のノンキ節」が最初のシングルレコードです。フォークの元祖、旗手などと称されます。昭和42年(1967)「想い出の赤いヤッケ」に続き、昭和43年(1968)には「受験生ブルース」がヒットし世に知られる事になりました。
その他の代表曲は、「主婦のブルース」「坊や大きくならないで」「死んだ男の残したものは」「かけてゆく君は風」「何とか元気をやっています」「もう一歩」などがあります。
昭和46年(1971)に<ザ・ナターシャー・セブン>を結成し、活動しました。

(昭和16年(1941)12月9日 ~ 現在  ※令和2年4月(2020)現在))

「受験生ブルース」がヒットした昭和43年(1968)は、小笠原諸島が日本に復しました。東名高速道路が開通し郵便番号制もスタートします。そして3億円事件が起きました。社会は、大学紛争が激化します。

当サイトでは、昭和から平成までの時代に流れていた心に寄り添う歌を便利にYouTube検索できます。
高石ともやのお好きな歌を検索されてをお楽しみ下さい。

 




昭和年代別流行歌はこちらから

                                               
※年代に誤差の場合があります    
昭和42年 (19676)→ 想い出の赤いヤッケ 白い傘
昭和43年 (1968)→ 受験生ブルース 主婦のブルース
昭和44年 (1969)→ ホーチミンのバラード ベトナムの空
     
平成4年 (1992)→ 君はランナー  
平成7年 (1995)→ 何とか元気をやっています 陽気にゆこう
     
【その他】    
街 死んだ男の残したものは 死んだ女の子
橋をつくったのはこの俺だ イムジン河 十字架に帰ろう
戦争は知らない 友よ(岡林信康) のんき節
拝啓・大統領殿 血まみれの鳩 我が大地の歌
山谷ブルース 女工哀史  
     
【ザ・ナターシャー・セブン】    
陽のあたる道 私の子供たちへ 春を待つ少女
たづるさん 近江の子守歌 想い出の赤いヤッケ
孤独のマラソン・ランナー くちづけ 街
ヘイ・ヘイ・ヘイ 近江の子守唄 ブルーグラスメドレー
愛しい人よ 時には化粧を
   変えてごらんなさい
私に人生といえる
   ものがあるなら
どこにいればいいんだろう フォギー・マウンテン・
     ブレイクダウン
八ヶ岳
兄妹心中 綿つみの歌 流れる雲のように
腰まで泥まみれ すずめの歌 柳の木の下で
海原 The water is wide